ふみにっき

本当は怠け者なのに日々働き者のふりをしている学生の日記です

家族

シンプルに、家族。

 

 

最近、都内に一人で引っ越して、毎日顔を合わせるようなことは無くなったから、

 

より、家族のありがたさを感じるようになりました。

 

もともと、家族のことは大切だと思っていたし、自分も大切にされているな、愛してもらっているな、幸せだな、とは感じていました。

 

でも、本当に心からありがたさを感じるのは、自分が本当にきつくてきつくて、どうしようもなくなった時だな、と。

 

実は私、のんびりした記事を書いてはいますが、なかなかに感情の波が激しい人間で、先ほども家族に電話しながら号泣しておりました。

 

別段、とても悲しいことが起こったわけではなく。 ただ、日々の小さなストレスの積み重ねで、いつのまにか心が我慢の限界を迎えていたということです。

 

我慢をしていたとは、自分でも意識しておらず。 ただなんとなく、寂しさを感じる、なんとなく、辛い。

 

家族の声を聞けば、自分を大切にしてくれている人がいることを実感できて、心が安らぐかな、と思って電話をしました。

 

まず父と話していたら、ふと言葉に詰まって、そこからずっと泣いてしまって。

まさか泣くとは自分でも思っておらず、驚きました。

 

こんな簡単に涙が出てしまうほど、心が疲弊していたのだなあ…

 

父と母とゆっくり話して、少し心が落ち着いて、自分をこんなにも大切にしてくれる存在がいることをあらためて感じて、本当にありがたかった。

 

こんな幸せがあるか、と。

 

 

少し昔のことを話しますと、

 

通っていた小・中学校は荒れていて、人間関係もなかなかにドロドロで、学校に行くことが本当にストレスでした。

 

人を傷つける発言、態度を平気でとる人がたくさんいて、互いに傷つけあっていたように思います。

 

私も、いじめとはいかないまでも、それなりに嫌な思いをして、すっかり自信をなくし、高校に入って環境が良くなってからも、しばらくは学校が怖かったです。

 

小さい頃に浴びせられた心ない態度、言葉というのは、傷としてしっかり残っていて、たとえ現状がどんなに幸せでも、それを完全に消し去ることはできない。

 

今でも心の中に、馬鹿にされて、自信を失った小さな自分がいて、ふとした瞬間に、その存在を感じます。

 

 

ええと、何を話したかったのでしょう…

 

そう、心にある傷が消えなくて、ひどく痛くなる時があっても、家族の存在を思い出せば安らぐ、ということ。

 

過去、ひどいことを言ってくる人が何人かいた。 たくさんの人を嫌ったし、嫌われることも多かった。

 

そんな時も家族は変わらず愛してくれて、大げさですけど、

 

「私は、全人類に嫌われているわけじゃない、ほんの一部の人と上手くいかなかっただけで、こんなにも大切な存在が近くにいるんだ」

 

と、思えたわけです。 全人類とか、本当に大げさですけど。笑

当時は大真面目、でしたよね。

 

 

まあ、そんなところで、少し辛かったけどまあ復活できそうよーという記事でした。

 

相変わらずまとまっていなくてすみません。

まあ日記なのでね。

 

つまりは、家族大切! です。

 

明日もまあまあ早いので、寝ます。 お休みなさい。