ふみにっき

本当は怠け者なのに日々働き者のふりをしている学生の日記です

議論ができる友達

私は友達のことを、2種類に分けて見ることが多いです。

ずばり議論ができる友達か、できない友達か、です。

どっちも良いのです。 どっちも必要な友達です。

 

議論ができる友達というのは、ご飯を食べながら、「安保法案についてどう思うよ」「共謀罪ってありだと思う?」なんて話題をふっと振れて、すぐレスポンスが返ってくるような友達。

政治の話ではなくとも、学生の内にすべきことだとか、 サークルの方針だとか、漠然と人間の生き方、だとか、そういう話を普段から気兼ねなくできる友達。

高校生の時は、そんな友達ひとりもいなかったのですが、大学に入ってからは何人かできました。

自分の中のわだかまりを聞いてくれて、相応に返してくれる相手がいるというのは、ありがたいことだなあと思います。

 

反対に、高校の時にできた友達とは、そういった話はしません。 

そういう空気にはどうしてもならないのです。

「渋谷のあのカフェ行きたいんだよねー」「ララランド見た?」とまあ、そんな感じの話題が多いです。

これはこれで楽なのです。

もしかしたら、議論をしようと思えばできる友達なのかもしれないですが、あえてしない。 試みない。

なんとなく分かるものです、「あ、この子にはこういう話題が振れる、多分なにか考えを持っていて、それを発信しようという意思がある子だ」というのが。

だから、それを感じない友達とは、あたりさわりのない会話しかしません。

踏み込んだ恋愛の話とかは、また別ですけどね。笑

 

高校の時の一番の友達は、後者です。 社会とか人生の話なんかしたことないです。

でも長期休みの度に一緒に泊まりで旅行するくらい、一緒にいて苦ではない人です。

「なんのとりとめもない話をずっとしていられる」という友達の存在も、大事だなあと思います。

 

でも、今の大学に入って一番良かったことは、議論ができる友達が何人かできたことだと思っています。

やはり、自分の周りの人たちが普段からどういう思考をしていて、社会のことをどう捉えているか、変えたいと思っているのか、いないのか、どうやって生きていこうとしているのか、というのは知りたいです。

「こう考えているのは自分だけかな?」という日々の疑問にも答えてくれるし、新たな気づきも得られる。

自分の中だけで考えを溜め込んでいると、段々と自分の考えが至高のように思えてきてしまいます。 少なくとも私の場合は。

だから、自分を偏らせないためにも、友達と議論したいのですよね。

そういう時間は楽しいし、話し込んだあとに息をつく時、すごく充実感を感じます。

そのあと、二人でコーヒーをいただきにカフェに行くなどしたら、もう最高ですね。笑

 

それでは今日も学校、行ってきます。