ふみにっき

本当は怠け者なのに日々働き者のふりをしている学生の日記です

ついに東京暮らしをやめる

随分とお久しぶりになってしまいました。

 

まえの記事を読み返すと、なかなかに沈んでいて、当時の自分を励ましてあげたくなります、、笑

 

いまはとっても元気ですよー

 

なぜなら時間があるからー

 

試験期間だけど、今期はとっても楽で、レポート2つと試験が3つだけ。 

 

レポートはもうどちらも出したし、試験はあと2つ残っていますが難しくはないものなので気が楽です。 勉強もいちおうしているし。

 

先月までのぎゅう詰めのスケジュールはなんだったのだろう。 なんで今こんなに暇なんだろう。笑

 

暇っていうのが久しぶりです。 いいですね、暇。

 

ぼーっとしながら珈琲淹れたり、本読んだり、散歩したり、こうして何か書いたり。

 

本当は、なにかいい言葉を思いついて、それをここに書こうと思ってPCを開いたのですが、もう忘れてしまったのでふつうにだらだら書いていきます。

 

 

あ、まず、タイトルの「東京暮らしをやめる」ですね、それについて話そう。

 

去年の秋に実家を出て、シェアハウス生活を始めました。

 

かれこれ10か月目? くらいなのか? 

まあさすがに慣れたし不満も感じなくなったし、むしろ快適っちゃ快適なのですが、色々あって、東京そのものに疲れてしまって。

 

それで、夏休みも始まるし、いったんシェアハウスを解約して完全に実家に帰ってしまおうと決めたんです。 

 

夏休みも東京に来る機会はサークルなりバイトなりでたくさんあるので、それはそれで疲れるだろうなとは思うのですが、家に帰ればごはんがあって、ギターが弾けて、あと家賃を払わなくていいのだから、楽だなあと。

 

新学期が始まったときにどうするかは、そのときまでに考えることにして、とりあえず家賃分の浮いたバイト代を旅行に費やそうかなーとか楽しく考えているところです。

 

 

東京について。

 

最初は楽しくて、でも段々、空気の淀んだ感じと、星や土の見えなさと、人の歩く速さとでしんどさを感じるようになって、一時期はほんとうに嫌いになりました。

 

でも住み続けているとそれなりに楽しくて、好みの喫茶店とか、大きい本屋とか、美味しいパン屋さんとかで満たされるようになって、歩いていける距離に何でもある東京がとっても便利に思えるように。

 

好きなお店にいつでも行けるというのは、やっぱり大きかったなあ。

 

地元には何もないし。 田舎だし。 田舎も好きなはずなのだけど、東京が好きなのとは全く違う次元で好きだから、なんか比べようもない。 

 

田舎と比べて田舎にあったものがないから東京を嫌いだと言っていたけれど、いつの間にかそんなことはどうでもよくなっていて、田舎にないものがたくさんあるという当たり前のところで東京を好きになりました。 ずいぶんと勝手なものです。

 

でも嫌いなものを好きになるというのは、けっこう気分がよくて、それはもちろん場所だけではなくて本とか映画とか、音楽とか、とくに人、人において、それが起こると気分が良いです。

 

けっこう人って簡単に変われるよなあ、と大学に入ってから思うことが多いのですが、それは環境が変わりすぎたための当たり前の変化で、別に簡単だったわけではないのかなあ、とか。

 

 

「人はいつでも、どんな風にも変われるもんなんだなあ。 ボヘミアン。」

 

 

・・・ってメモ帳に走り書きしていた自分。 はいはい。

 

 

 

うーんなんだっけな、何か書きたいことあったはずなのだけど、まったく思い出せませぬ。 なんでー

 

あ、好きな人の話とか。 いやでもこれ相当長くなるな。 次回にしよう。

 

こんな風にだらだらと書く時間があるなんて、ほんとうにしあわせ。

 

ここ数日で保坂和志さんの本を読んでいるのですが、「のんべんだらり」っていう表現が何回か出てくるんです。 それがとってもしっくりくる。

 

さてこれから、のんべんだらりと本を読もうーっと。

 

暇って美徳。 ではまた。

 

 

ご無沙汰

久々です。

 

 

ブログの存在を忘れているくらいには色々とあった数ヶ月でした。

 

 

シェアハウス生活も5ヶ月も経てば落ち着くもので

 

その辺のストレスはあまりありません。

 

でもバイトとサークルが本当に忙しくて、心にも体にも無理を強いていて

 

ときどきわけもなく泣きたくなります。

 

わけがないことはないのでしょうけど。

 

自分の本当にやりたいこと、考えたいことには手がつけられず

 

日々、忙しいことを理由に目の前のタスクだけをただただこなす。

 

 

もっと休みを与えてあげないと、自分の気づかない間に心が死んでしまうのではないか、と

 

不安になって、先週、屋久島に帰りました。

 

半年ぶりの屋久島は、やはりとても心地が良くて、

 

心も体も元気になるのがわかりました。

 

あぁ私はやっぱりこういう場所を求めている、と、再認識。

 

自然の中を一人で黙々と歩いたりして、いろんなことを考えました。

 

とても良かった。 

 

 

でも、東京に戻ってきた途端、また自分の心が沈んでくるのです。

 

バイトしすぎなのもいけないし、サークルの仕事を引き受けすぎなのもいけない。 分かってはいる。

 

ちゃんと寝ないと、ごはん食べないと、と思いながら、あっという間にボロボロの生活に元どおり。

 

屋久島での元気な自分を取り戻したい。

 

やはり、まずは、寝ないと、だよなあ。

 

そして、ごはんをちゃんと作ること、だなあ。

 

 

なかなか思うようにはいかない。

 

自分のことも人のことも、本当に思い通りにはならない。 当たり前だ。 

 

謙虚に誠実にまっすぐ生きていたいのに。

 

心に余裕がなさすぎて、自分の悪いところばかりに目がいく。 そして人のせいにしたくなる。

 

自信がなくて勇気が出ないのも、自分のことを労われていないからでしょうか。

 

人も自分も大事にして生きていきたいものです。

 

 

あぁ、本当に疲れた…

寝ます。

 

 

 

 

 

 

まだまだ手放せる

こんにちは。

 

今日の夜から少し実家に帰ります。

わくわく。

 

それまでに溜まった洗濯物や部屋の片付けを済ませてしまおうと、朝から働いていたのですが、ついつい「捨てスイッチ」が入ってしまいまして…

 

服をね、またどーんと断捨離しました。

 

といっても写真を撮り忘れたのですけど。汗

 

 

とりあえず記録がてら、今回手放したものを挙げてみます。

 

・キャメルのダッフルコート

ユニクロの白いパーカー

ユニクロのグレーのパーカー

・黄色いロングスカート

・青いリネンのガウチ

・ベージュのチノ(?)パン

生成りのトレーナー

・イベントでボランティアをしたときにいただいたオレンジのTシャツ

 

こんな感じです。

 

私の住んでいる区では、古着を捨てるときはビニール袋に入れるのですが、ダッフルコートなどもあるせいで袋がいっぱいになりました…

 

ここ1年ほど、かなりのモノを手放してきたと思っていましたが、まだまだ手放そうと思うようなモノがあったんだな、と。

 

黄色いスカートは、かわいすぎて何だかもう落ち着かない。  

青いリネンのガウチョは、たくさん着すぎてそろそろ限界。

ベージュのチノパンは、サイズ感に違和感があり、気持ちよくはけないのでお別れ。

 

そして、ユニクロの2つのパーカーですが、捨てるつもりは全くなかったのです。

 

3年ほど前に白とグレー、2色を同時に購入して、2色ともかなりの頻度で着ていました。

 

だから、あればあったで着るのです。 使い勝手がよいので、持っていると楽なのです。

 

でも、実は最近、「フード」を手放したいな、と思うようになっていまして。

 

理由は主に2つです。

 

1つは、ほぼ毎日リュックを使うので、電車などでリュックを下ろしたりまたしょったりするときに、フードが邪魔だなあと感じていたこと。

 

2つ目は、フードというもののカジュアルさが、落ち着いた雰囲気のコーデを好きになりつつある私としてはもう合わないな、と感じたことです。

 

なので、思い切って2着同時に手放しました。

買うのも同時、手放すのも同時。

 

 

なんだかすっきりしました。

 

もうパーカーなどのフードものは持たない、と決めてしまえば楽ですね。

 

自分がどんな服を着ていたいのか、たまによく分からなくなり悩みますが、今は大人っぽい、落ち着いた雰囲気を目指すというところで。

 

なので、

ジャーナルスタンダードのステンカラーコートがほしいなあ…などと数週間ほど思っております。

 

あのシンプルさ、落ち着いた色合い、存在感、着てみたくてしかたない!

 

あのコートを日々まとっていたら、なんだか素敵な人になれそうだなあ、などと夢を見ております。

 

 

まあ今日はこの辺にして。

 

ワードローブのアップデートをこれからも徐々に進めていこうと思います。

 

さて久々の実家、楽しむぞー!

ちゃんとした服

今回は服について。

 

大ファンであるミニマリストブロガー、すずひさんの最新記事を読んで、大いに共感するところがあって。

 

 

中学・高校の頃、どんな服を着ていたか思い出してみると、まあ、なかなかに迷走していたなあという感じがします。

 

どんな服を買って着てみてもしっくり来なくて、服を選ぶのは楽しい反面、少々辛いところがあったなあ、と。

 

当時はまだ「シンプルライフ」や「ミニマリスト」という言葉を聞いたことすらなかったで、自分の所有物に対する関心も薄く、とくに服については取っ替え引っ替え、無駄な買い物をしていたと思います。

 

 

未だに自分の本当に着たい服、好きな服というのはしっかりと定着はしていないのですが、それでもここ1,2年で相当な変化がありました。

 

まず、「なんとなく」で買わなくなった。

 

そんなこと当たり前でしょう! と言われてしまいそうですが、けっこう「なんとなく」で買ってしまうものだと思います。

 

「あ、かわいいな」「もう一着ニットがあってもいいかな」「これあったら便利そう」

 

と、ふんわりした気持ちでついカゴに入れてしまうこと、多くありました。

 

「かわいいけど、本当に自分に似合うかな」

「似たような服を持っているのに、これも要るのかな」

「既に持っているものに、ちゃんと合うかな」

 

という風に、自分の所有している服を確認しつつ、ワードローブに取り入れてよいかどうかをしっかり考えることが、ようよう最近になって出来るようになってきたのです。

 

それも、服を断捨離したおかげかなと思います。

持っている数そのものが少なければ、把握も管理もとっても楽です。

 

そして、少ないからこそ、他の服に比べてどこか褪せて見える服を、ワードローブに取り入れたくないのです。

 

すべてがお気に入りだと、本当に嬉しい。 毎日が楽。

 

 

そして、変化の2つ目は、プチプラを買わなくなった、ことです。 

 

「安くてかわいいもの」を見つけると、ついカゴに入れてしまうところがありました。

 

多少、気になるところがあっても、「まあ安いし!」と自分を納得させて買っていました…

 

でも、そうして買ったものは、買ったその瞬間が嬉しさ、楽しさのピークで、いざ着始めてみたらもう、嬉しくも楽しくもないのですよね。

 

プチプラが全てダメだということではなく、プチプラに目が眩んで、服を選ぶときの大切な基準を忘れてしまうことがある、ということです。

 

ものすごい断捨離をした時期がありましたが、そのあと残った服の中に、プチプラで買ったものが1つ2つはありました。

 

たとえプチプラでも、自分が本当に気に入って着ているのなら、自分も服も幸せです。

 

でも、ここ1年ほどのミニマル化にともなって、ちゃんとしたものを買おう、という意識が出てきたのは確かです。

 

私が今、一番気に入っているボトムスの一つは、大学1年生の冬、つまりちょうど1年前にCLASKAで買った、黒いキュロットです。

 

丸の内KITTEの中にある、CLASKAのお店。

 

都内の大学に通い始めて、そうしたお店にも立ち寄れるようになって、モノを見る目が肥えたように思います。

 

ずっとほしくて、でもなかなかお金が貯まらず買うことができないでいた(貧乏学生。笑)のですが、いつか絶対に買う! と決めていました。

 

バイトのお給料がたくさん入った月、少しドキドキしながら丸の内KITTEに行った。 そしてCLASKAのお店に、入った。

 

あぁ、ある。 目の前にある、このキュロット、ついに今日は買えるんだ…!

 

という喜び、今でも思い出して口元が緩みますね。

 

大学生はあまりお金がないですが、それでも妥協はしたくなくて。 

 

さすがに、大人の方がさらっと5万円のニットを買ったりするのには驚いてしまいますが…(笑)

 

つまるところ、しっかり選んで買ったちゃんとした服は、ちゃんと着ていられる。 

 

やはり、着ていて嬉しい!

 

これからも妥協せずに、ワードローブを整えていきたいです。

 

当面の目標は、オーロラシューズを買うこと。 お金、貯められるかしら…

 

今日は夕方からバイト! 

がんばってきますね。

自炊記録

一人暮らし、というよりシェアハウス暮らし、始めて1ヶ月経ちました。

 

さて、19年間も実家でほとんどお手伝いをせず、料理などろくにしたことがない私が、ちゃんと自炊できているのかどうか…

 

まずは、ある日の晩ごはんから、どん。

 

 f:id:fmi5:20171119162808j:image

 

あら、まあまあじゃないですか。 

 

じゃあじゃあ、お昼のお弁当はどうなの。

寝坊助の私が、ちゃんと作っているのか?

 

どん。

 

f:id:fmi5:20171119162612j:image

 

色合いは微妙だけど、ここも、なんとか!

 

では、朝ごはんは?

時間がない朝、ごはんを抜いたりその辺で買ったパン食べたり、してない?

 

どん。

 

f:id:fmi5:20171119162456j:image

 

こちらはちょうど、今日の朝ごはん。 

 

雑ですが一応ちゃんと、作ってます。

 

 

もう面倒なので、最近のまとめて、どん。

 

f:id:fmi5:20171119163040j:image

 

f:id:fmi5:20171119163054j:image

 

ちゃんと自炊すると、1日の食費って500円以内に収まるんですね…

実際にやってみて気づきました。

「1食」じゃなくて、「1日」! 3食を食べて、500円!

 

本当にこれはお安い。 とても気軽に外食などできない。

 

引っ越してきてから、コンビニで何かを買うことがなくなりました。

 

ちょっと小腹が空いたときのおやつも、自分で作れたら節約になるのでは、と思って、

 

f:id:fmi5:20171119163331j:image

 

昨晩、炊飯器でチョコケーキを作ってみました。

 

蒸しケーキみたいな感じで美味しい!

 

あんなに料理できない人間だったのに、さすがに毎日やると、少しずつできるようになってきますね。

 

それが楽しくて仕方なく、料理好きと言えるまでになってきたかも…

 

もっと美味しくて体に良いごはんを作れるようにがんばります。

 

 

家族

シンプルに、家族。

 

 

最近、都内に一人で引っ越して、毎日顔を合わせるようなことは無くなったから、

 

より、家族のありがたさを感じるようになりました。

 

もともと、家族のことは大切だと思っていたし、自分も大切にされているな、愛してもらっているな、幸せだな、とは感じていました。

 

でも、本当に心からありがたさを感じるのは、自分が本当にきつくてきつくて、どうしようもなくなった時だな、と。

 

実は私、のんびりした記事を書いてはいますが、なかなかに感情の波が激しい人間で、先ほども家族に電話しながら号泣しておりました。

 

別段、とても悲しいことが起こったわけではなく。 ただ、日々の小さなストレスの積み重ねで、いつのまにか心が我慢の限界を迎えていたということです。

 

我慢をしていたとは、自分でも意識しておらず。 ただなんとなく、寂しさを感じる、なんとなく、辛い。

 

家族の声を聞けば、自分を大切にしてくれている人がいることを実感できて、心が安らぐかな、と思って電話をしました。

 

まず父と話していたら、ふと言葉に詰まって、そこからずっと泣いてしまって。

まさか泣くとは自分でも思っておらず、驚きました。

 

こんな簡単に涙が出てしまうほど、心が疲弊していたのだなあ…

 

父と母とゆっくり話して、少し心が落ち着いて、自分をこんなにも大切にしてくれる存在がいることをあらためて感じて、本当にありがたかった。

 

こんな幸せがあるか、と。

 

 

少し昔のことを話しますと、

 

通っていた小・中学校は荒れていて、人間関係もなかなかにドロドロで、学校に行くことが本当にストレスでした。

 

人を傷つける発言、態度を平気でとる人がたくさんいて、互いに傷つけあっていたように思います。

 

私も、いじめとはいかないまでも、それなりに嫌な思いをして、すっかり自信をなくし、高校に入って環境が良くなってからも、しばらくは学校が怖かったです。

 

小さい頃に浴びせられた心ない態度、言葉というのは、傷としてしっかり残っていて、たとえ現状がどんなに幸せでも、それを完全に消し去ることはできない。

 

今でも心の中に、馬鹿にされて、自信を失った小さな自分がいて、ふとした瞬間に、その存在を感じます。

 

 

ええと、何を話したかったのでしょう…

 

そう、心にある傷が消えなくて、ひどく痛くなる時があっても、家族の存在を思い出せば安らぐ、ということ。

 

過去、ひどいことを言ってくる人が何人かいた。 たくさんの人を嫌ったし、嫌われることも多かった。

 

そんな時も家族は変わらず愛してくれて、大げさですけど、

 

「私は、全人類に嫌われているわけじゃない、ほんの一部の人と上手くいかなかっただけで、こんなにも大切な存在が近くにいるんだ」

 

と、思えたわけです。 全人類とか、本当に大げさですけど。笑

当時は大真面目、でしたよね。

 

 

まあ、そんなところで、少し辛かったけどまあ復活できそうよーという記事でした。

 

相変わらずまとまっていなくてすみません。

まあ日記なのでね。

 

つまりは、家族大切! です。

 

明日もまあまあ早いので、寝ます。 お休みなさい。

新しいバイト

こんばんは。

 

今日は無事に2限に間に合いました。

朝ごはんを食べる時間を犠牲にしましたが…

 

ずーっと前の記事に

『店長、バイトをやめたいです』

なんてのがあったと思いますが、

 

そのバイトは既にやめました。

 

とってもいい所だったし、特に不満はなかったのですが、通勤がちと大変で。

 

ホワイトな会社でしたので、やめたい、と言った1ヶ月後にはスマートに退社させていただきました。

 

今でもたまに遊びに行きます。

 

みなさん私のことをちゃんと覚えていてくれて、

 

おぉfmiちゃんじゃないの、久しぶり!

元気だったー?

また来てねー!

 

なんて、嬉しい言葉をかけてくれるんです。

 

全然気まずさもないので、これからもちょくちょく遊びに行くと思います。

 

 

まあ、バイトをやめた後の数ヶ月はとっても楽でした。

 

学校が終わったらすぐに家に帰れるし、休日も遠い所までガタンゴトン電車に揺られなくていいし、時間に余裕ができますよね。

 

でも段々、お金に余裕がなくなって、精神的にもきつくなっていきました。

 

サークルをたくさんやっているせいでけっこうお金がかかるのです。

 

それで、実家から離れて都内に引っ越したのをきっかけに、また都内でバイトを始めることにしました。

 

それがね、まあ楽しくて。 ほんとに。

 

あーこういう働きかたをしたかった! という。

 

上手く言えないのですが、私に合っているようで。

 

店長かっこいいし。 これはとても大事。

 

人間、見た目が全てではないと分かっています。  自分も見た目に自信があるような人間ではないので、なおさら。

 

でもね、目の保養というのは、良いものです…

単に見ていて心が満たされる。 

 

店長、ありがとうございます。

たくさんシフトかぶりますように。

 

バイトに行って働いて、むしろ元気になったfmiでした。

 

それでは、おやすみなさい。 良い眠りを。